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大企業はなぜ社員に副業をすすめるのか~①社員に副業案件の「紹介」までしてしまうライオンの場合

大企業の間で、副業(複業)の解禁が広がっている。「社員の間で副業希望者が増え、半ば押し切られる形で解禁に踏み切った」というケースが圧倒的に多いものの、最近になって、従業員の副業を応援する「副業推進」とも呼べる動きが出始めている。企業が自社の社員にわざわざ副業をすすめるのはなぜなのか。まずはヘルスケア用品の老舗、ライオンの事例を紹介しよう。

経営側の指示は「どんどん外とつながろう」

ライオンが副業を解禁したのは2019年。この頃から、ライオンは人材開発の目標として「自ら、キャリア・仕事・働き方を考えて行動し、高い生産性で業務に取り組む人材の創出」を掲げ、キャリア相談や各種研修・セミナー、リカレント支援などキャリア自律を支援する試みに力を入れてきた。副業解禁は、その一環だ。

同社人材開発センターの大道寺義久さんは言う。「副業解禁の背景にある考え方としてもう一つ、変化に対応できる会社であるために、多様な人材をそろえておかなければいけない、というのがあります」

ライオンは20年後、30年後にはもしかしたら、歯磨きを作っていないかもしれない。ただ、この会社は良くも悪くも居心地が良くて、人材が固定化しがち。「ならば変化に対応するネタを外から持ってこよう、そのためにどんどん外とつながろう、というのが、会社が出してきたお題なんです」

副業の内容は多様だ。中小企業診断士の資格を生かした経営コンサルティング、ファイナンシャルプランニング、キャリアカウンセリング、マーケティング支援、ネット交流サービス(SNS)運用支援といった一般的なものから、ジャズダンスの講師や小説執筆といった変わり種、街のケーキ屋さんやガソリンスタンド、コンビニエンスストアでのアルバイトまである。

「もっと副業を広げたい」という人材開発センターの青木さん。
自身はキャリアコンサルタントの資格を生かして副業をした経験がある

ただ、これまでの副業件数はおよそ190件ほどで、「全体の5%程度」にとどまっている。「本業と副業をどう両立しているのか、実際どのように副業を始めたらよいのかなど、まだ不明な点が多いのだと思います。こういった疑問点を解消しながらもう少し広げていきたい、というのが本音です」と、同じく人材開発センターの青木陽奈さんは打ち明ける。

ライオンの副業ルールは、他と比べるとだいぶ進んでいるように見える。まず、副業するのに許可は要らない。副業申請シートの提出は求めているものの、「理由」を記入する欄は無い

当然、ライオンにとって不利益になる競業を禁じる「競業避止義務」や「機密保持義務」、「副業は就業時間外に行うこと」「副業先での労働時間は週20時間未満とすること」など、多くの大企業が採り入れている規則はある。ただし、「業務委託型」だけでなく他社に雇われる「雇用型」の副業も可能。フルフレックス制度を導入しているため「日中、勤務時間の合間に2時間中抜けして、副業に従事することもできる」など自由度も高い。

にもかかわらず、副業はまだまだ広がらない。人材開発センターでは、副業マッチングサイトの情報を共有するなどしたうえで、さらに「もう一歩進んだ支援が必要」との考えから、「副業先の紹介」に踏み切った。

副業希望者の名簿を自治体に提供

きっかけとなったのは、内閣府の「プロフェッショナル人材事業」だ。この事業では、各地の地域金融機関や大企業のOBが、地元中小企業の経営者から人材ニーズを聞き取り、民間の人材ビジネス事業者やパートナー企業につなぎ、高度なスキルを持つプロフェッショナル人材とのマッチングを図る。ライオンは、約50社のパートナー企業の一つに名を連ねる。

さらに独自の取り組みとして、社内の副業希望者のスキルを一覧表にして各自治体に提供し、マッチしそうな案件があれば照会をかけてもらうことにした。

自治体が間に入るため、知らない企業でも社員に安心して副業先として紹介できる、という点がメリットだという。

農業法人や印刷会社で副業経験がある人材開発センターの大道寺さん

人材開発センターの一員としてこの事業を推進する立場にある大道寺さんは、この枠組みを利用して、これまでに3回、副業をしている。

1件目は鳥取県の農業法人だった。「人事評価制度を変えたい」という要望に対し、大道寺さんは「土作り」「種まき」「水やり」などの社内資格を評価制度に組み込むアイデアを提案した。例えば、種まきで1位になった社員を「種まきマイスター」として紹介するなどし、社員のモチベーションアップにつなげたという。

2件目は、茨城県にある従業員200人規模の印刷会社。オーダーは「縮小していく印刷屋さんをなんとかしてほしい」というざっくりとしたもの。実は、営業畑が長い大道寺さん。販売店に商品を紹介するポップやボードを設置した経験がある。全国一律で大手の印刷会社に印刷を依頼するため、地方の小さな店舗には大きすぎて置けない場合があった。そこで「小さめのポップを小ロットで注文できる印刷会社があれば、絶対に重宝がられますよ」と提案。担当者が早速、ホームページを作成し、新規の受注を取り付けた。

そして3件目は鳥取県の建設会社だ。「完全ジョブ型制度を採り入れたい」というオーダーに対し、「まずは今ある制度をより良く改良してはどうか」と提案。資格を基に等級制度を整え、現在、新制度の導入に向けて各部署の部長と面談を進めている

上から目線のアドバイザリー的な関わり方をするのではなく、課題に寄り添い、一緒に考える、壁打ち相手になる、というスタンスが受け入れ側から好評だという。

副業のメリットの一つは「経営層と直接話ができること」

大道寺さんが副業をする理由は、「副業を推進する立場にある」という以外にもう一つある。それは「経営者がどういうことを考えているか、知ることができるから」。営業時代は、卸や販売店の経営者と対話をする機会があったが、現場を離れ、それがなくなってしまった。副業が貴重な場になっているという。

大道寺さんは「副業の間はライオン以外のことを考えられる。いい意味で気分転換になって、本業にもいい影響を及ぼしている」と笑顔を見せる。

現時点で副業希望者リストに名前を載せている社員はおよそ30人ほど。ただし、全員に声が掛かるかというと、決してそうではない。特に人気があるのは、WEBマーケティングや人事系コンサルの知見がある人材。最近目立つのは、生産計画や生産技術など製造部門に携わった経験のある人材のニーズだという。「生産系の副業は、どうしても現場に入る必要があります。でも本業で工場のラインに入ってしまっていると、抜けることができません。両者のニーズに応えきれない歯がゆさはあります」と青木さんは話す。

ところで、経営側から与えられているお題は「変化に対応するためのネタを、外から持ってきてほしい」だったはず。成果は出ているのだろうか。

ライオンの副業は、申請時に理由は不要、雇用型OK…など自由度が高い

「そこは必ず聞かれるのですが……」。大道寺さんと青木さんは、顔を見合わせて「まだ、社業に大きな変化はありません」と苦笑した。「でも、悪い変化もありません。少なくとも、副業を始めたことで働かなくなった、という話は全く出ていません

創業130年超の老舗企業に、「外とつながること」の成果があらわれるのは、これからだ。

広がる兼業・副業

リクルート総研の2022年の調査によると、兼業・副業を「実施している」と回答したのは全体の9.9%。「過去に兼業・副業経験あり」かつ「今後の実施意向あり」と回答したのは5.3%、「過去に兼業・副業経験なし」で「今後の実施意向あり」と回答したのは41.1%だった。

年齢別では、「兼業・副業実施中」は20~24歳が最も多く16.3%、次いで25~29歳が12.9%。35~39歳が12.0%、40~44歳が11.1%で続いた。

また、自社内に従業員の兼業・副業を「認める制度がある」と回答した人事担当者は51.8%だった。「制度がない」と回答した人事担当者のうち「今後1年以内をめどに、制度の導入を検討している」としたのが6.0%、「3年以内をめどに、制度の導入を検討している」としたのは8.2%、「時期は未定だが、制度の導入を検討している」としたのは22.6%だった。

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