見出し画像

大企業はなぜ社員に副業をすすめるのか~②〝超〟複業先進企業サイボウズの場合

副業(以下、複業)といえばサイボウズ、というイメージがある。何しろ、青野慶久社長自ら役員に「複業したらどう?」と声をかけてしまうような会社だ。社員の複業経験率は3割に達している。「複業は、いいことばかり」と言い切る青野社長に、その理由を聞いた。

社員の複業先から最新情報がどんどん入ってくる

サイボウズが複業を解禁したのは2012年。理由は、最近になって複業を解禁した企業とほぼ同じで、「社員の間で複業をしたいという声が高まり、抑えられなくなったから」だ。

いまでは「ホワイト企業の〝代名詞〟」とも呼ばれるサイボウズだが、当時は残業が当たり前のブラック企業で離職率が高く、「社員が辞める原因となる要素を、できる限り取り除きたい」というのが課題だった。社員のフリーな時間を会社が束縛するのもおかしな話だし、だったら複業解禁しちゃいましょう、となった。

解禁してみたら、「良いことばかりだった」と青野社長は言う。

かつては「ブラック企業」と呼ばれていたサイボウズ=サイボウズ提供

まず、人脈が広がった。「この業界について詳しい人はいませんか、と社内で尋ねると、『その業界、実は僕の複業先なので、知り合いがいます』っていう社員がいる。そういうことが、しょっちゅうあるんです」

会社を転じてしまうと、新しい情報が得られなくなる。でも社員の複業先なら、常にリアルタイムで最新事情が入ってくる。「圧倒的に学習効率がいい」のだという。

社員が複業先で〝営業マン〟になってくれる、というメリットもある。

日本電気、マイクロソフトを経て、現在、サイボウズと自営農業、自身が運営するコラボワークスで「三足のわらじ」を履く中村龍太氏も、例外ではない。

複業先の農業法人で、サイボウズのクラウドソフト「キントーン」を使って生産管理、業務管理、販売管理などのアプリを作成し、効率化に成功。そのノウハウを共有すると、これまでほとんど縁のなかった農業の業界で、キントーンが売れるようになったという。

複業について考えることで「自問自答」が始まる

数ある「複業のメリット」の中で、青野社長が最も重視するのは、社員の「成長」だ。

サイボウズでは、新入社員が入社直後から複業を始める、なんてこともざらにある。そうすると、他のメンバーも心穏やかではなくなってくる。「サイボウズに入って普通に働こうと思っていたら、いきなり同期が複業を始めたり、人によっては会社を作ってしまったりする。そうすると、価値観が揺さぶられますよね。本当に自分はこのままでいいんだろうか、っていうことになる」。自分が複業をするとしたら、何ができるのか、何を目的とするのか。「自問自答が始まるのが、とてもいいんです」と青野社長は言う。

もちろん、ベテラン社員も負けてはいない。

ある一定の時期を過ぎると、賃金は頭打ち。ふと隣を見ると、複業で稼いでいる同世代がいる。「だったら自分も、サイボウズを週4日にして、他の会社と業務委託契約を結んで週1日はそっちの仕事をしよう」と考え始める。もう一つの仕事が軌道に乗ってきたら、サイボウズの割合を週に3日、2日……と減らして、ついには転職してしまう、なんてこともある

社員のほとんどが在宅勤務。
青野社長もリモートワークが多いという=サイボウズ提供

サイボウズは、これを「人材の流出」とは捉えていない。「その人を通じて、複業先、転職先の会社ともつながりができるわけですから。開いた穴は、また採用して補えばいいんです」

人材難の時代である。特にエンジニアは引き合いが激しい。青野社長はなぜ、そこまで余裕を保てるのか。

「出て行く人材がいても、それ以上に人材が入ってくる。早々に複業を解禁したことで、サイボウズは人気企業になったわけです」

そういえば、リクルートやDeNA、ガイアックスなど、社員の独立・起業を全面的にバックアップする企業は、ほとんどが人気企業だ。社員のキャリア自立を応援することと優秀な人材を集められることは、比例するようだ。

大切なのは「制度」より「風土」

複業を解禁すると、どれだけいいことがあるか、というのはよく分かった。ただ、大企業の人事担当者からは「複業を解禁しても、なかなか増えない」という声も聞く。サイボウズの社員の複業経験率は約3割で、他社と比較して圧倒的に高い。なぜなのか。

サイボウズには複業しやすい「風土」が出来上がっている=サイボウズ提供

青野社長いわく「それは制度と風土の関係でしょう」

いくら良い制度ができても、「積極的に活用しよう」という風土が醸成されなければ、制度を使う人は出てこない。青野社長は、例として「男性育休」を挙げた。

「制度はあるけど、実際に制度を利用したら周囲から攻撃を受けるかもしれない、というふうにみんなが思っていると、結局、誰も使わないですよね」

複業を推進する、つまり、成功事例を作って社内広報をするようなところまでやりきらないと、始まらない。「もっと言うと、経営者が率先して旗振り役を務める、ということをしないと、風土は変わらないんです」。青野社長は社内外で、「複業をしましょう」と説く。これにつられて役員や管理職も、社内外で自身の複業経験をオープンに語る。

例えば現在、東京都世田谷区の副区長を務める松村克彦氏。日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て2007年にサイボウズに入社し、執行役員、社長室長として経験を積んできたが、青野社長の目にはある時期から「松村さんがこれから先、サイボウズで成長していくストーリーが見えない」と映った。松村氏のキャリアパスをどうしようかと悩んだ末、「そうだ、『外』があるじゃないか」と複業を勧めたのだという。

最初は、「自分は必要とされていないのかと悩んだ」という松村氏だが、「立場の弱い人の役に立ちたい」という人生の目標を実現させるため、障害者施設のIT支援の複業を開始。ブログ「めざせ複業! 日記」で複業の記録を発信し、話題になった。松村氏はその後、サイボウズを辞め、青野社長の推薦で世田谷区の副区長に就任した。

こんなユニークな事例もある。旧住友銀行、ITベンチャーを経てサイボウズの営業副本部長となった森岡貴和氏。新型コロナウイルス禍で在宅勤務の環境を整えたところ、「仕事が減って暇になってしまった」。そこで森岡氏は、「サイボウズを週3日ぐらいにしたいので、複業先があったら教えてほしい」と社内ポータルに書き込んだ。するとある若手社員から、「うちの複業先で働きませんか」と提案があったという。いかにもサイボウズらしいエピソードだ。

サイボウズでは、複業に申請義務はない。会社のブランドやパソコンなど、会社の財産を使用する場合のみ届け出を求めている。ただし、複業と打ち合わせがかち合ってしまうことがないよう、グループウエアのスケジュール機能を使って予定を共有しており、ほぼ全員が複業をオープンにしているという。

同社が2022年に社員に複業についてのアンケートを取ったところ、以下のものが多かったという。

▽コーチ・アドバイザー業務▽コンサルティング業務▽講師(大学の非常勤/プログラミング教室など)▽人事・バックオフィス支援業務▽プログラミング・開発業務▽法人代表・法人役員▽撮影・制作・編集などクリエーティブ支援業務▽その他(農家/飲食…カレー・ラーメン)/フリーアナウンサー等)

イメージは松下幸之助氏の唱えた「社員稼業」

青野社長は、サイボウズの考え方は、松下電器産業(現パナソニックホールディングス)の創業者・松下幸之助氏が唱えた「社員稼業」に近い、と言う。社員稼業とは、会社で働く一社員であっても、社員という稼業を担っている、つまり、一人一人が経営者であるとする考え方だ。

サイボウズには、複業解禁以外にもユニークな人事制度がある。

例えば、退職した社員の再入社を6年まで保証する制度。ベンチャー企業などに転職してみて、もし自分に合わなければ戻ってこられる。社内の他の部署への体験入部、複数部署との兼業など、組織内の人事も柔軟だ。

社員の自由度を高めると、会社にとっては面倒が増える。複業をするために勤務日数を減らした場合や、他の仕事に力を入れすぎて本業のパフォーマンスが落ちそうな場合に給与をどうするかなど、個別に検討しなければならない。

でもそうやって、面倒でも社員のチャレンジを全力で応援することで、一人一人が自立した組織になる、というわけだ。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

リファラバの記事をご覧いただきありがとうございます!編集部へのお問い合わせはこちらよりお願いします。