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「街の魚屋さん」が全く無縁だったDX経営改革を成し遂げるまで

この記事は、入山章栄・早稲田大大学院教授が世界の経営学の知見というスコープを使って、注目すべきファミリービジネス経営者を取り上げていきます。今回は、東京・荻窪に本店を構える鮮魚店「東信水産」。DX(デジタルトランスフォーメーション)や売り場の刷新などの経営改革を進めています。DXとは縁の遠そうな魚屋さんで、どんなことが起こっているのでしょう。

東信水産荻窪総本店の売り場=清水憲司撮影
東信水産荻窪総本店の売り場=清水憲司撮影

東信水産は、JR荻窪駅北口の「荻窪タウンセブン」という大型商業施設の地下1階に本店を構え、東京を中心に首都圏の百貨店などにも出店している鮮魚店です。荻窪タウンセブンは、かつての闇市の流れをくむ地場の商業施設ですが、お肉もお魚も野菜も、とにかくおいしい。近所に住む私は「ここが日本最高のグルメストリート」とかねがね思っていました。

入山章栄・早稲田大大学院教授

そのなかでも東信水産は、品ぞろえが豊富で、陳列も美しい。すっかり常連になっていたところに、4代目経営者の織茂信尋(おりも・のぶつね)さんが著書魚屋は真夜中に刺身を引き始める 鮮魚ビジネス革新の舞台裏(ダイヤモンド社)をまとめたのをきっかけに、お話しする機会に恵まれました。

東信水産の4代目経営者、織茂信尋さん=清水憲司撮影
東信水産の4代目経営者、織茂信尋さん=清水憲司撮影

魚屋さん、八百屋さんでも経営改革はできる

「究極の中小企業」とは何かと言えば、それは商店です。魚屋さん、八百屋さん、乾物屋さん……。日本には多くの商店がありますが、総じて改革が進んでいません。

「今さら改革なんてできない」「このままスーパーにのみ込まれていくのだろう」と思われがちですが、全くそんなことはありません。

そのことを示しているのが、総合商社を経て、東信水産を継いだ織茂さんです。過去の赤字経営から脱却し、活気あふれる会社に生まれ変わらせました。

東信水産の「魚屋さん改革」には、いくつかのポイントがあります。

一つ目はセントラルキッチン化です。商店、特に魚屋さんは、丸魚を切り身や刺し身にさばく加工場などバックヤードのスペースが必要です。織茂社長によると、一般的な魚屋さんでは、店舗面積の実に9割をバックヤードが占めるそうです。逆に言えば、その分、売り場面積が小さくなり、品ぞろえを豊富にできないという問題があります。

織茂さんは「これはおかしい」と考えました。店舗ごとに魚をさばくのではなく、1カ所に集約して刺し身工場「東信館」を稼働させ、そこから各店舗に配送することにしました。

業務の効率化もさることながら、重要なのは、百貨店などにテナント出店している狭小店舗の自由度が上がり、品ぞろえの幅を広げることができるようになった点です。

さらには、スタッフが販売や来店客とのコミュニケーションに専念できるようになりました。例えば、魚種や旬ごとのお薦めの料理や調理法、簡単な処理の仕方を教えるといった来店客とのコミュニケーションによって、店舗の「エンタメ化」が実現しました。

インターネット通販の利用が定着する中で、魚屋さんに限らず、商店に必要なのはエンタメ化です。スタッフとのコミュニケーションを通じて、楽しくてワクワクするような店舗でなくては、特に若い人たちには来てもらえません。織茂さんはこうして店舗を大きく作り替えたわけです。

セントラルキッチン化を進め、店舗の作業を軽減することで、すしネタの表示や盛り合わせの多種類化などの余力が生まれる=清水憲司撮影
セントラルキッチン化を進め、店舗の作業を軽減することで、すしネタの表示や盛り合わせの多種類化などの余力が生まれる=清水憲司撮影

「難しい水産物のシステム構築」ならば自前で

もう一つは、DXです。実は、魚屋さんはデジタル化しづらい業種です。というのは、魚の数え方は「匹」だけでなく、サンマだったら「本」、アジやイワシは「尾」、イカやカニは「杯」になりますし、マグロなどの大型魚は「キログラム」というように、魚種ごとに用いる単位が異なります

さらに、出世魚の存在もハードルになります。同じ魚でも、成長段階によってイナダ、ワラサ、ブリのように名前が変わる。また、産地や部位、季節によっても、異なる商品になります。

市販の販売管理システムでは、こうしたバラバラの単位や、ややこしい商品区分に対応できません。そこで、織茂さんは、ベテランの職人さんたちにどのように仕分けをすべきなのか一つ一つ聞き取って整理した上で、販売管理や受発注ができるシステム「フィッシュオーダー」を自前で開発しました

このシステムによって、それまで数日かかっていた各店の売り上げ集計が半日でできるようになりました。顧客のニーズをリアルタイムで把握できれば、各店舗が損益状況を確認しながら、翌日以降の仕入れや販売方法を変えていくことができるのです。鮮魚店専用の特殊なシステムですから、他の魚屋さんへの外販という新しいビジネスにもつながっています。

「フィッシュオーダー」には、パソコンではなく、タブレット型端末「iPad(アイパッド)」が使われている点もポイントです。当初はパソコンの導入を考えたそうですが、食品の厨房では、キーボードなどにホコリのたまるデスクトップ型もノートパソコン型もいずれも衛生的ではなく、置けなかった。そこでアイパッドを採用しましたが、これが思わぬ効果を上げています。

スタッフが、自分で考え工夫した陳列をアイパッドで撮影し、写真や動画を社内で共有し始めました。すると、各店舗のスタッフたちが競い合うようになり、全体の陳列スキルが向上していきました。システムを構築し、スタッフたちにアイパッドを配ることで、これだけの変化を作り出せるのです。

東信水産の荻窪総本店の売り場。赤い魚を配し、彩りを工夫した陳列をしている=清水憲司撮影
東信水産の荻窪総本店の売り場。赤い魚を配し、彩りを工夫した陳列をしている=清水憲司撮影

「SFのように先を読む」の大切さ

日本は海洋国家ですが、若い世代は魚を食べなくなっています。一方で、織茂さんは、若者たちが「魚」と「シーフード」を別のものであるかのように捉えていると感じているそうです。「魚」と言えば定食のイメージですが、「シーフード」と言えばサラダだったりパスタだったりして、ぐっと身近になる。このギャップを埋められれば、若者はもっと魚を食べるようになると、織茂さんは考えています。

また、これも織茂さんに教えられたことですが、漁獲量が少なかったりマイナーだったりして、漁で取れても市場に出すことができず、未利用のままになっている魚種も少なくないそうです。

東信水産のように、効率的なロジスティックスや陳列のわざがあれば、こうした魚種を流通させ、資源の無駄を減らすこともできるでしょう。

織茂さんはSFが大好きで、「SFのように現時点では非現実的に見える技術革新を、『5年後には実現可能になっているかもしれない』という視点で投資を考えていく」と言います。例えば、5G(第5世代通信規格)や自動運転によって、店舗や物流はどう変わっていくのか。常にこうした意識を持ち、行動するということでしょう。

魚屋さんは非常に伝統的な業種です。それだからこそ、他ではやっていないような改革を行えば、伸びしろも大きくなる。織茂さんの取り組みは、こうしたことの重要性を教えてくれています。

(初出:毎日新聞「経済プレミア」2021年9月16日)

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