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「現場から始めるDX」。墨田区の若手経営者タッグが始めた町工場のノーコード・アプリ制作

中小企業にとって本当に役立つDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、どんな進め方なのでしょうか。自社の課題解決と業務効率化にピッタリ合うアプリを、社員が自前で開発し始めたのが、東京都墨田区の金型製造会社「バキュームモールド工業」(北澤正起社長)=写真右ノーコード・アプリ作成支援会社「セラピア」(田中圭社長)との協働で、経験ゼロの社員がわずか数カ月で自作アプリを作れるようになりました。

その過程で見えてきたのは、「ものづくり」が好きな社員は、アプリ作りも得意になるということ。市販ソフトを導入するのではなく、現場の創意工夫から始めるDXの事例を報告します。

市販ツール導入より社員を「DX人材」に

「アプリを作るって、何のことですか?」「自分でコードを書くなんてできるわけない」。2022年10月、社内の各部署から集められた10人の最初の反応は、こんなふうだった。

バキュームモールド工業は、弁当容器や紙コップの蓋といったプラスチック製品を成形する金型の設計・製造・販売を主力とする社員約200人の会社。本社のある東京都墨田区と埼玉県八潮市に工場を、大阪府東大阪市に事業所を構えている。

バキュームモールド工業の本社工場=東京都墨田区
バキュームモールド工業の本社工場=東京都墨田区

2021年2月に、祖父から会社を継いだ北澤さんは「起業家精神とスピード感を備えた経営者になりたい」と考え、地元の次世代経営者育成塾「フロンティアすみだ塾」に入塾。そこで出会ったセラピアの田中さんと連携して、社内でアプリを自作する試みを進めることにした。

それまで市販のDXツールをトップダウン型で導入しても、社内のDXが成功するイメージを持てなかった北澤さん。ならば自前アプリの作成という「現場からのDX」に挑戦して、社内の人材を「DX人材」に育てた方が面白いと考えたからだ。

「ものづくり」とアプリ作成は同じ

自前アプリの作成に用いたのは、コードを書く専門知識もシステム開発も必要がなく、直感的にアプリを開発できる「ノーコード」と呼ばれるツールだ。

2020年の創業以来、ノーコード・アプリを誰でも作成できるようにする教育プログラムを展開してきたスタートアップ企業、セラピアの田中さんを講師に迎えて始まった週1回2〜3時間のプログラム。1カ月の基礎講習を経て自作アプリをつくり始めると、予想もしなかった変化が社員の間に現れた。

働き過ぎを防ぐため、アプリ制作に使った時間に残業代は発生させないと周知していたが、それでも自宅でアプリを自作する社員が続々と出てきたのだ。アプリをつくるのが面白く、早く仕上げたいという気持ちが強まったからだった。

「ものづくりは現場の問題点を発見し、その改善と工夫の繰り返し。アプリ作成も現場の困り事を見つけ、DXによる改善を着想するところから始まり、誰もが使いたくなる使い勝手の良さを工夫していく点で全く同じ。ものづくりの好きな社員はアプリ作成も得意になると確信した」と北澤さんは語る。

金型管理アプリを自作したバキュームモールド工業の安部勇人さん
金型管理アプリを自作したバキュームモールド工業の安部勇人さん

ノーコードで直感的に作成

製造部の安部勇人さんが開発したのは、金型管理アプリだ。バキュームモールド工業には、取引先が所有する金型が改造や清掃、オーバーホールのために年数百台以上が持ち込まれる。

受け入れ、ばらし、加工、組み立て、出荷という工程があるが、これまでは、どの金型がどの工程にあり、いつごろ出荷できるかが、各部署に電話で問い合わせないと把握できなかった。いつの間にか保管期間が長くなって保管庫がいっぱいになり、せっかくの受注機会を失うこともあった。

安部さんの自作アプリは、個々の金型について受け入れ時にスマートフォン上で登録し、工程が進むごとに各部署の担当者が「加工終了」のような形で情報を更新していく。データベースを見れば、次の工程の担当者はいつごろ、どのような金型が自分の職場に回ってくるかが把握でき、営業担当者は取引先から預かった金型をいつごろ出荷できるかが予測できるようになる。

さらに、なるべく少ないクリック数で必要な操作ができるよう機能を絞り込み、市販ソフトにありがちな「不必要な機能が多くて、誰も使わなくなる」という事態を回避した。安部さんは「ノーコードは直感的に開発でき、自分が思った通りのアプリを作ることができた。次のアプリに早く挑戦したい」と話す。

製造部の森浩さん
製造部の森浩さん

アプリが現場と経営層をつなぐ

同じく製造部の森浩さんが作成したのは、工場内に何十台もある加工機械の点検・メンテナンス状況を見える化するアプリだ。

従来は、機械の近くに備え付けた用紙に点検・メンテナンスの記録を書き込んでいたが、うっかり期日が過ぎてしまうこともあった。自作アプリでは期日が近づくと機械ごとに青いマークが表示され、期日が過ぎると赤いアラートが出て担当者に知らせる。点検・メンテナンスを実施したら、担当者がアプリ上で記録し、所属長も職場全体の状況を把握できる。

もう一つの工夫は、機械ごとに不具合や修理の履歴、修理費用も記録、表示するようにしたことだ。点検・メンテナンスの重要性を見える化できるのに加え、経営層が修理の頻度や費用を見ながら機械の更新について判断しやすくなるデータを蓄積していく。森さんは「このアプリで現場と経営層のそれぞれのニーズを合流させることができた」と胸を張る。

このほかにも、取引先に出す見積りを簡単に計算できるアプリ、文書で行われていた社内承認手続きを電子化するアプリが生まれている。

アプリ開発の中間発表会には各部署の管理職も参加し、社内への浸透を図った
アプリ開発の中間発表会には各部署の管理職も参加し、社内への浸透を図った

アプリ自作で「現場の課題」が見えてくる

バキュームモールド工業社長の北澤さんは、「現場の役に立つアプリがこれだけ早く出てくるのは大きな驚きだった。所属長に言われてやるのではなく、『自分でやりたい』『実際にできた』という循環が生まれたことを誇りに感じる。この芽をいかして、『現場から始まるDX』を会社全体に広げていきたい」と話す。

このアプリ自作を通じたDXは、墨田区による実証実験支援事業に選定。北澤さんとしては、中小企業DXの「実験場」として自社を活用してもらいたい気持ちもあった。今後は区内をはじめとした他の企業にも同様の取り組みが広がっていくことを期待している。

セラピア社長の田中さんは「ノーコードは、中小企業が社員を巻き込みながらDXを進める上で大きな味方になる。ちょっと触れてみると、どんなアプリを作れるかが想像できるようになり、その目線で自分の職場をながめてみると、アプリを使って改善できそうな点が見えてくる。それがDXを使って職場を改善したいという社員の意欲につながっていく」と考えている。


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